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アニメヲススメ

旧作から最新作まで気になったアニメを紹介したり、アニメに関連する話題を中心にしたブログです。

刑事事件で安易に大衆迎合した発言をするコメンテーターは危うい

今日はチョットまじめなエントリーを書きます。

12月4日のミヤネ屋で相模原死体遺棄事件について取り上げていました。
事件の詳細はこちら。

www.sankei.com

ザックリ言ったら、主犯の男が元カノの遺体を今の彼女と一緒になって遺棄したという事件。その、元カノには子ども(長男)がいたのだがその長男はいまだ行方不明のこと。

まあ、(私の)常識的に考えたら容疑者の男が元カノを殺したんだろうし、長男の行方だって知っているだろうと推測できる。
しかし、今回の裁判では容疑者の男について死体遺棄でしか立件できずに求刑がたったの2年だった。殺人で立件できなかったのは、容疑者が完全黙秘を貫いていて物的証拠では殺人罪に問えるような状況にはなかったらしい。

ここに、ミヤネ屋の宮根さんやコメンテーターが噛みついていた。
黙秘権について、何らかの制限をかけるべきだという論調だ。

確かに、感情的にはこの容疑者の男性が今回の事件において何らかの事情を知っているのは間違いない。私の心証でも多分自らが殺したんだと疑っているし、もし殺しているとしたら法に基づいて厳罰に処されるべきである。

しかし、実際は残念ながら警察の捜査で決定的な物的証拠を確保することが出来ず、容疑者も完全黙秘を貫いたために検察は立件できなかった。
このことに対して、容疑者が自白していればという思いは充分に理解できるが、だからと言って黙秘権に制限をかけるべきという理屈は理解しがたい。
立証する責任はあくまでも刑事事件では検察側にあり、自白や供述というのはあくまで立証するための材料に過ぎず、立証するに足りる物的証拠があればいくら被告が否認しようが黙秘しようが関係なく裁判官はそれに基づいた判決を下すだけ。もっと言うと、立証さえすることが出来れば黙秘したことは逆に反省していないとみられて、情状の酌量の余地なく求刑通りの判決を下されることは少なくない。

要は、検察は黙秘されても物的証拠で有罪に持ち込めるし、被告は黙秘することで量刑が不利に働くことも多い。
この事件の場合はそもそも、検察が立件できたのは死体遺棄罪だけで、殺人罪については問うこともできなかった。

これまでの日本の司法は、強引な取り調べで自白を強要し、決して少なくない冤罪事件を産んできた歴史がある。たとえ、犯罪者が証拠不十分で野放しになったとしても、無実の人が冤罪で刑に服さなければならない状況は避けるべきだと私は思う。
そして、もし真犯人を十分に立件できず野放しにしてしまった時の責任は捜査機関である警察や検察にあると思う。

確かに、コメンテーターの皆さんは視聴率のためもあって視聴者を意識して市民感覚という言葉を巧みに使ってコメントをするお仕事なのかもしれない。
しかし、だからと言って大衆迎合的な発言をその場の雰囲気だけでしてしまうことにやっぱり危うさを感じてしまう。

きっとワイドショーって毎日こんなことしているんでしょうね。いくら視聴率のためとは言え大衆迎合の偏った番組ばかりでは逆に息がつまる。多様化している今だからこそ、もっといろんなタイプのコメンテーターを入れる必要があるんじゃないのかな。と思う。

冤罪を生まない刑事司法へ (GENJINブックレット)

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